大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和23年(ネ)237号 判決

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人に対し、被控訴人小林傳作は別紙目録<省略>記載の土地を明渡し、被控訴人時田平八は同目録記載の建物を收去してその敷地を明渡すべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人が請求の原因として陳述した事実の要旨は左のとおりである。

控訴人は昭和二十年十一月中訴外佐藤一より、同人所有にかゝる別紙目録記載の宅地合計二百一坪を買い受け、昭和二十一年四月十五日その所有権取得登記を経由した。右土地は前所有者佐藤一において、これを被控訴人小林傳作に対し普通建物所有の目的を以て賃貸し、同被控訴人は該借地の東側に木造亞鉛メツキ鋼板葺平家建倉庫一棟建坪四十七坪五合を西側に同上建倉庫一棟建坪二十四坪を建築所有し、右東側の一棟はこれを他に賃貸していたところ、昭和二十年六月二十日戰災の爲め燒失し、爾來その燒跡には屑鉄等の燒残物が放置され、控訴人が該土地の所有権を取得して前所有者佐藤一と被控訴人小林との間の賃貸借関係を承継した当時は依然として空地のまゝの状態であつた。然るに、昭和二十二年三月上旬頃被控訴人小林は被控訴人時田平八に対し本件土地の一部を轉貸せしめ、被控訴人時田は本件六十番地宅地の西南側及び六十一番地宅地の西北側に跨る地上に別紙目録記載の建物一棟を建築し該敷地を占有するに至つたのであるが、控訴人が承継した前所有者佐藤一と被控訴人小林との間の賃貸借契約には「賃借土地の使用は借地人に限る故に賃借土地の轉貸等は絶対に爲さないこと。借地人において契約事項に違反したときは、本件土地に対する権利を失うは勿論のこと如何様に処置するとも貸地人の自由である」旨の特約條項が付せられていた。而して被控訴人小林が前記の如く本件借地の一部を恣に被控訴人時田に轉貸使用せしめた以上、右特約に基き、前記賃貸借関係は当然に終了し、被控訴人小林はその賃借権を喪失するに至つたのである。仮に右事実が認め難いとしても、被控訴人小林の行爲は民法第六百十二條第一項の轉貸禁止規定に触れることは明かであるから、控訴人は同條第二項に拠り、昭和二十五年一月十九日付翌二十日同被控訴人に到達した書面を以て本件宅地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示を爲し、これにより右契約は適法に解除せられたのである。それ故控訴人は被控訴人小林に対しては賃貸借の終了に基く賃借物返還義務の履行として本件土地の明渡を求め、被控訴人時田に対しては所有権に基き、その不法占拠を原因として前記建物の收去並びに敷地の明渡を訴求する次第である。以上控訴人の主張に反する被控訴人等の主張事実は凡てこれを爭う。

被控訴人等代理人は、答弁として、本件土地は元佐藤一の所有であり被控訴人小林は右佐藤よりこれを普通建物所有の目的で期間を定めず賃借し、(最初賃借したのは昭和七、八年頃である)その地上に控訴人主張の倉庫二棟を所有していたが、これが戰災に罹り燒失したこと、その後控訴人が佐藤より本件土地を買得し、控訴人主張の日その所有権取得登記を経由するに及び、右賃貸借関係は控訴人との間に承継せられたこと、昭和二十二年三月本件宅地の内控訴人主張の部分に被控訴人時田平八名義を以て別紙目録記載の建物一棟が建築されたこと、及び控訴人主張の日に被控訴人小林に対し轉貸を理由とする契約解除の書面が到達したことは何れも認めるが、控訴人その余の主張事実はこれを否認する。殊に控訴人の主張する轉貸の事実は全く存しないのであつて、事実は被控訴人時田平八の父である訴外時田熊吉において被控訴人小林より賃借していた倉庫建坪四十七坪五合が前記の如く戰災の爲め燒失した関係上、罹災都市借地借家臨時処理法の施行後間もなく、同法の規定に基き被控訴人小林に対し借地権讓渡の申出をしたので、被控訴人小林がこれを承諾したところ、右熊吉は係爭地上に適法に本件建物を建設したのである。從つてその関係は轉貸ではないことは勿論、建物も実際上熊吉の所有に属し、同人が建築許可申請の手続上便宜その子平八の名義を用いたのにすぎない。それ故轉貸を理由とする控訴人の本件契約の失効又は解除の主張は共に理由なく、本訴請求は失当であると述べた。

<立証省略>

三、理  由

別紙目録記載の本件土地が元訴外佐藤一の所有に属し、控訴人がこれを同人より買受け昭和二十一年四月十五日所有権取得登記を了したこと、該土地は右佐藤においてこれを被控訴人小林傳作に対し普通建物所有の目的を以て賃貸し、(当審における証人佐藤一の証言並びに被控訴本人小林傳作の供述によれば、右賃貸の日時は昭和七、八年頃であり、存続期間の定なく、賃料は当初一ケ年金百三十七円二十銭であつたがその後漸次値上されて昭和十七年以降年額二百十五円六十銭となつたことを認めうる)同被控訴人は該地上に控訴人主張の倉庫二棟を所有していたが、昭和二十年六月二十日戰災の爲め燒失したこと、被控訴人小林と右佐藤との賃貸借関係は控訴人の前記土地所有権取得登記と共に控訴人に承継されたこと及び本件地上の控訴人主張の個所に昭和二十二年三月頃被控訴人時田平八名義にて別紙目録記載の建物が建設せられたことはいずれも本件各当事者間に爭のないところである。

控訴人は、被控訴人時田の右建物建設は当時被控訴人等の間にその敷地につき恣な轉貸借が爲された爲めに外ならず、かゝる場合には賃借人は当然にその賃借権を失うべき旨の特約により右賃貸借は失効したものであり、仮に然らずとするも、控訴人が昭和二十五年一月二十日右轉貸を理由に爲した契約解除の意思表示により終了したものであると主張する。よつて以下この点につき審按する。当審における証人時田熊吉の証言被控訴本人小林傳作、時田平八各訊問の結果並びに檢証の結果を綜合すれば、被控訴人時田平八の父熊吉は、昭和十九年十一月上旬以來被控訴人小林傳作より本件地上東側に存する同被控訴人所有の倉庫建坪四十七坪五合を賃料一ケ月三百円の約で期間の定なく賃借していたところ、該倉庫が前記の如く戰災に遭い燒失したので、昭和二十一年十月上旬頃被控訴人小林に対し、罹災都市借地借家臨時処理法の規定に基いてその敷地の借地権讓渡の申出を爲し、同被控訴人の承諾を得て右借地権を取得したのであるが、翌昭和二十二年三月中便宜その子平八の名義を借りて建物建築許可の申請をし、敷地の一部は右倉庫燒跡に跨りこれに接続する西側の部分に本件建物建坪約二十坪を建設すべく、その工事進行中、控訴人の爲めこれが完成前工事禁止の仮処分を受けたものであること、及び右時田熊吉が本件建物を前記賃借倉庫の燒跡に建設しないで、その西隣に建てたのは右倉庫敷地の坪数範囲内で被控訴人小林の同一借地上ならばこれを他の個所に建築するも何等差支ないものと信じ、両者合意の上で爲したものであり、又これが爲め事実上賃貸人たる控訴人に対し聊かでも不利益を與える虞のあることは全然予想し得ない状況であつたことを認めるに十分である。控訴人の挙げる本件一切の証拠によるも右認定を覆すことはできぬ。かような事情の下において被控訴人小林が右熊吉に対し前記賃貸倉庫の燒跡に代えてその接続地の使用を許したのは、これにより毫も控訴人に損害を蒙らしめることなく從つて社会常識上控訴人においても当然異存なかるべしと考えられる場合であるばかりでなく、これひつ竟右熊吉の讓り受けた借地権の範囲に関する問題で関係当事者間において容易に是正しうるところであるから、これを以て被控訴人小林が賃借人としての信義に背いて恣に轉貸又は賃借権の讓渡を爲したものということはできない。なお又罹災都市借地借家臨時処理法第四條には同法による讓受人は讓渡を受けたことを直ちに賃貸人に通知しなければならない旨規定してあり、本件において讓受人たる熊吉が賃貸人たる控訴人に対しかかる通知をなしたことは被控訴人等の毫も主張立証しないところであるが、右通知義務の懈怠は讓渡の効力に何等影響を及ぼすものでなく、唯場合により右通知義務の不履行により賃貸人が損害を被つたときには讓受人にこれが賠償義務あるに止るが故に右通知なしとし本件讓渡の効果を否定することを許さない。更らに成立に爭のない甲第三号証及び当審証人佐藤一の証言によれば、本件賃貸借には控訴人主張のような無断轉貸の場合の失効約款が存することを認めうべく、控訴人がその主張の日時被控訴人小林に対し轉貸を理由とする契約解除の意思表示を爲したことは本件当事者間に爭ないところであるけれども、右特約は轉貸が通常賃貸借当事者間の個人的信頼関係を破るものであるが故に、賃借人にかゝる背信的行爲ある場合の制裁を定めたものであり、民法第六百十二條第二項の規定による解除権もかゝる信頼関係を保護する趣旨に出たものと解すべきであるから、上記のように被控訴人小林に何等背信的な廉のあることを認め難い以上、本件賃貸借契約は該特約によつては失効することなく、前記契約解除の意思表示も亦その効力を生ずるに由なきものといわざるを得ない。

然らば控訴人と被控訴人小林傳作との間の本件土地賃貸借の終了並びに被控訴人時田平八の土地不法占拠を原因とする控訴人の本訴請求は共に排斥するの外なく、結局右同一趣旨に出た原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却すべきである。よつて民事訴訟法第三百八十四條第八十九條第九十五條に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!